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ブラッシュアップ不足バージョン

おじいさんとマリモ

 桜が散り始めたころ、おじいさんの家に、植木屋さんがやってきました。おじいさんの家の庭を手入れするためです。
 植木屋さんは、剪定ばさみを持って、マメイヌツゲの剪定を始めました。マメイヌツゲの根元の暗がりで寝ていたマリモは、驚いて、逃げ出しました。庭から飛び出して、道路に出て、そのまま、マリモはどこかへ行ってしまいました。おじいさんは、植木屋さんのためにキッチンでお茶を入れていたので、マリモが庭から出て行ってしまったことに気付きませんでした。
 夕方になって、植木屋さんが帰ってから、おじいさんはマリモがいないことに気付きました。おじいさんは、庭中を探し回りました。いくら探しても見つからないので、おじいさんは道路に出て、マリモを探して近所を歩き回りました。それでも、マリモは見つかりません。
 おじいさんは、ウォーキングをしているおばさんに声を掛けました。
 「この辺りで、子猫の黒猫を見ませんでしたか?」
 「見てませんねえ」
 おじいさんは、駄菓子屋さんの店先でスマホをいじっている中学生に声を掛けました。
 「この辺りで、子猫の黒猫を見ませんでしたか?」
 「見ていません」
 おじいさんは、マリモを探して、遠くのところまでやってきました。たくさんのカラスが、電線に止まって、大きな声で鳴いています。おじいさんは、とても不安になり、「マリモ! マリモ!」と叫びました。
 「どうしたの、おじいさん?」
 農家のおじさんが、道路沿いの田んぼから、おじいさんに声を掛けました。
 「子猫の黒猫を探しているんです」
 「子猫かどうかは分からなかったけど、このちょっと先の道路で、車にひかれた黒猫の死体があったなあ」
 おじいさんの顔が真っ青になりました。おじいさんは、ふらふらと歩き出しました。
 「大丈夫かい!? 家まで車で送ろうか!?」
 農家のおじさんの声は、もう、おじいさんの耳には届いていませんでした。
 家への帰り道、雨が降り出しました。夜の冷たい雨が、地面に落ちた桜の花びらを悲しい姿に変えました。びしょ濡れになったおじいさんも、悲しい姿でした。
 おじいさんは、泣きながら、家に帰りました。
 マリモがいなくなってからも、おじいさんは毎日、マメイヌツゲのそばに、食べ物を入れたお茶碗と水を入れた平皿を置き続けました。そうして、おじいさんは毎日、食べ物と水が減っていないのを見て、寂しそうに俯きました。
 
 おじいさんは、縁側にしいた座布団に座って、庭を眺めていました。よく晴れた良い天気でしたが、おじいさんの顔は曇り空みたいにドンヨリしていました。葉桜がどれだけ輝いても、おじいさんの表情は晴れませんでした。
 「おや、なんだろう?」
 おじいさんは、マメイヌツゲの根元の暗がりを見詰めながら言いました。ゴソゴソと動く何かがいます。
 おじいさんは、すぐ近くに置いておいた眼鏡をかけて、もう一度、マメイヌツゲの根元の暗がりを見詰めます。
 マメイヌツゲの根元の暗がりから、マリモが出てきました。マリモは、そのまま、おじいさんが用意してくれた水を飲み、それから、食べ物を食べ始めました。
 おじいさんは、庭に出て、マリモのそばで屈み、マリモが食事を終えるのを待ちました。マリモが食事を終えると、おじいさんはマリモを抱っこしようと優しく手を伸ばしました。マリモは嫌がらず、大人しくおじいさんに抱っこされました。おじいさんは、マリモを抱っこしたまま、家の中に戻りました。
 それから、家猫になったマリモの尻尾は、少しずつ、長くなっていきました。おじいさんとマリモは、さよならの時までずっと一緒に、幸せに暮らしました。

 おじいさんは、縁側にしいた座布団に座って、庭を眺めていました。よく晴れた良い天気でしたが、おじいさんの顔は曇り空みたいにドンヨリしていました。桜のつぼみが膨らんできているのを見つけても、おじいさんの表情は晴れませんでした。
 おじいさんの家の庭には、マメイヌツゲという木が生えています。植木屋さんが丸く刈り込んでくれたその木は、大きなマリモみたいです。
 「おや、なんだろう?」
 おじいさんは、マメイヌツゲの根元の暗がりを見詰めながら言いました。ゴソゴソと動く何かがいます。
 おじいさんは、視力が良くありません。眼鏡がないと遠くのものがちゃんと見えません。
 おじいさんは、「よっこらしょ」と言いながら立ち上がりました。そうして、家中を歩き回って、眼鏡を探しました。
 ようやく、眼鏡が見つかりました。眼鏡は仏壇のそばに置いてありました。
 おじいさんは眼鏡をかけて、縁側に戻りました。もう一度、マメイヌツゲの根元の暗がりを見詰めます。
 マメイヌツゲの根元の暗がりには、猫がいました。猫は、体を伏せて、ウトウトとしていました。
 おじいさんは、猫を見詰め続けました。そのうちに、猫は眠ってしまいました。
 おじいさんの家にある振り子時計のチャイムが鳴りました。
 「もう、お昼か」
 そう言って、おじいさんはキッチンへ行き、不慣れな手つきで昼食を用意しました。
 昼食は、白米と、わかめのお味噌汁と、焼きシャケと、キュウリとトマトとレタスのサラダでした。おじいさんは、白米と焼きシャケを少し残して、食事を終えました。
 おじいさんは、大きな食器棚から、今はもう誰も使っていないお茶碗と平皿を取り出しました。そのお茶碗に、骨と皮を取った焼きシャケと白米を入れて、平皿には水を入れました。おじいさんは、お茶碗と平皿を持って庭へ出ました。
 猫はまだ、マメイヌツゲの根元の暗がりで寝ていました。
 おじいさんが近付いてくると、猫は目を覚まし、マメイヌツゲの根元の暗がりから出て、走ってどこかへ行ってしまいました。猫は、黒猫で、まだ子猫でした。そして、尻尾が短くて、痩せていました。
 おじいさんは、マメイヌツゲのそばにお茶碗と平皿を置いて、そのまま家に戻りました。
 おじいさんは、縁側に座って、しばらくしてから、居眠りを始めました。目が覚めると、もう夕方でした。
 おじいさんは、寝ぼけ眼を庭に向けました。そうして、おじいさんの顔がパッと明るくなりました。
 マメイヌツゲのそばでは、黒猫がお茶碗に顔をくっつけて、白米と焼きシャケを食べていました。
 その日から毎日、おじいさんは、黒猫に食べ物と水をあげました。黒猫は、毎日ちゃんと食べて飲んで、少しずつ、痩せていた体に肉をつけ始めました。それでも、尻尾は短いままでした。
 おじいさんは、いつからか、黒猫のことを、マリモ、と呼ぶようになっていました。黒猫が、飲み食いするとき以外はずっと、マリモみたいなマメイヌツゲの根元の暗がりから出てこないことが、名前の由来でした。
 
 桜が満開になったころ、おじいさんは、マリモのためのおもちゃを買いにスーパーマーケットへ出掛けました。そのスーパーマーケットは、猫の餌は売っているものの、猫のおもちゃまでは売っていませんでした。
 おじいさんは、スーパーマーケットを出ると、すぐ近くにある小さな雑貨屋さんへ行きました。その雑貨屋さんは、おばあさんが一人で営業しているお店でした。
 「あの、すみません」
 おじいさんは、レジカウンターの隣に置かれた椅子に座ったまま寝ているおばあさんに声を掛けました。おばあさんは、ゆっくりと目を開けました。
 「猫用のおもちゃは、ありませんか?」
 「猫用のおもちゃかい?」
 そう言って、おばあさんは立ち上がり、自分のお店の中をぐるっと一周しました。
 「ないねえ」
 「そうですか。ありがとうございました」
 おじいさんは、肩を落として、お店を出ようとしました。
 「ちょっと、待って」
 そう言ってから、おばあさんはお店とくっついている自宅へ入っていきました。数分後、おばあさんは、猫じゃらしを一本持ってお店に戻ってきました。
 「これ、あげます」
 おばあさんは、おじいさんに猫じゃらしを差し出しました。
 「頂いてしまって、いいんですか?」
 「家ではもう使わないですから、どうぞ、もらってください」
 おじいさんはおばあさんから猫じゃらしをもらい、何度も何度もお礼を言いました。
 家に帰ると、おじいさんは早速、猫じゃらしを持ってマリモに近付きました。この頃にはもう、おじいさんが近付いてもマリモは逃げ出さなくなっていました。
 おじいさんは、マメイヌツゲのそばで猫じゃらしを振りました。おばあさんからもらった猫じゃらしは、振ると鈴の音が鳴る作りでした。マリモは、猫じゃらしの動きと鈴の音につられて、マメイヌツゲの根元の暗がりから出てきました。そうして、マリモは、おじいさんの振る猫じゃらしで遊び始めました。おじいさんは、とても嬉しそうに笑って、マリモが飽きるまで一緒に遊びました。
 次の日から、マリモは庭を駆けまわって遊ぶようになりました。虫を追いかけたり、低い木の枝に乗ったり降りたりを繰り返したり、そんなふうにして遊んでいるマリモを、おじいさんは笑顔で見守っていました。
 マリモは、元気一杯でした。それでも、尻尾は短いままでした。