第三章 金田
小学校では学区が違ったために、同じ町で暮らしながらも、私が金田を知ったのは中学生になってからだった。
上履きを履かずに廊下を歩く金田を、何度か見た。制服姿の女子の中で一人、体操着姿で立つ金田を、何度か見た。一人で教室の掃除をしている金田を、何度か見た。教科書や筆箱を両手に抱えて帰宅する金田を、何度か見た。放課後や休みの日に町の図書館で一人の時間を過ごす金田を、何度も見た。金田を侮辱する下劣な言葉を、何度も耳にした。体育館の裏で泣いている金田を、私は見た。
中学二年生になって、私は金田と同じクラスになった。死ね、と彫られた机に座る金田を、教師は無視した。それはクラスの大半の人間を満足させ、教師と生徒たちの間に醜い親愛を生んだ。
そんなクラスで、私は相沢という女子に好意を懐いた。他の女子と比べて容姿が優れているだけの女子、相沢。相沢は金田と同じ小学校出身で、金田を特に嫌う女子グループのリーダーだった。
梅雨の時期、金田がびしょ濡れで女子トイレから出てきた。金田の後から相沢と数人の女子が出てくる。相沢は空のバケツを抱えていた。
「この雨だもん、どうせ濡れて帰るんだから一緒でしょ」相沢が言った。「あんたのピンク色の傘、あの水玉模様のやつ、めちゃくちゃに引き裂かれてたよ。きっと、あんたを嫌ってる人がやったんだね」
相沢たちが笑う。傍観者たちはその呼び名の通りに徹する。立ち去る金田に表情はない。私も立ち去った。吹奏楽部が奏でる不協和音が耳を突いた。
帰宅して、晩御飯の用意を済ませ、背負っていくリュックサックにおにぎりを二つ入れて、家を出た。雨雲の切れ間から覗く夕日を傘で反射させながら歩く。町の図書館に向かって。
図書館の隅っこに、ロシア文学の小さな棚とドイツ文学の小さな棚の間で連なって、背もたれがない木製の丸椅子が三脚、置かれていた。照明からも窓からも離れている館内で唯一薄暗いその場所に、私以外の人間が座ることなどないと思っていた。金田がそこに座っているのを見るまでは。
同級生が図書館にほとんど寄り付かないのを知っていて、私は入念に周囲を見回した。私が金田と会話することに目くじらを立てる人間がいないことを確認してから、発声する。
「ドストエフスキー。すごい本を読むんだね、金田さんは」
金田の肩が素早く、短く痙攣した。怯えた瞳が私を映した。
「鈴木君」その一言でさえ上擦っていて、必死に絞り出されたものだと知れた。
私は金田の横に椅子一つを隔てて座った。私は、金田という人間を知りたかった。同時に、金田という人間が下劣であることを願っていた。僅かでも、相沢を肯定する材料が欲しかった。
「罪と罰。俺も読んだことあるよ。読破はしたけど、ちょんと理解はできなかった。もう一回、読んでみようかな」
「どうぞ」
金田が私に文庫本を差し出した。
「いや、金田さんが読み終わってからでいいよ」
「私、読むの遅いから」
「俺は下巻を読むよ、筋書きは知ってるんだから」
私は罪と罰の下巻を棚から抜き取って、同じ椅子に座り直した。
「同じ本を二回も読むなんて、馬鹿だと思うかな、金田さん」
「思いません」頭が大げさに振られる。「何度も読み直すことが、本の本質だと思いますから」
私は返す言葉を見つけられなかった。初めての会話は花が萎れて、終わった。金田は本に意識を戻した。私も本を開いたが、意識は金田に向いたままだった。
閉館の七時まで、読書が黙々と続いた。
図書館の出入り口まで、金田の後を少し離れて歩いていく。小雨が夜の黒に白い罅を入れる。金田が傘立てから抜き取って開いた傘は紺色の無地だった。
「その傘」うっかりと声が漏れ出た。
「お母さんの」金田は言って、小走りで、夜の雨に隠れた。
アマガエルの鳴き声を聞きながら、一人、私は歩いた。水田の近くまで歩いてくると、ウシガエルの声も聞こえてきた。
水田を見下ろせる公園の東屋で腰を下ろす。リュックサックから二つのおにぎりを出して、食した。図書館から借りてきた本を公園の電灯を頼りに読み進める。
夜の九時に公園を出て、二十分後には自宅に着いた。台所に溜まった食器を洗い、風呂に入り、歯を磨き、布団に入る。父と母が見入っているテレビの音量が大きくて、眠りに落ちるまで時間が掛かった。
家族や友人から離れている時間を、時折、私は欲し、図書館と水田を見下ろせる公園は馴染みの場所だった。本は逃げ場所で、救いだった。
多くの本を、私は読んでいた。
金田との二度目の会話、その糸口すらないまま夏休みに入った。
冷房がきいた図書館にたむろする同級生が日に日に増えていった。読書や勉強ではなく小声でのおしゃべりに興じる同級生ばかりだった。
「金田じゃん。気持ち悪い。帰れよ」同級生が言った。
金田は席を立ち、読んでいた本を本棚に戻して、図書館から出ていった。それっきり、夏休みが終わるまで金田の姿を見ることはなかった。
二学期が始まって、久し振りに見た金田は真っ黒に日焼けしていた。ブスの黒人、相沢がそう言って、多くの人間が笑った。
残暑に蒸れる学校で、湿った前髪を掻き上げる少女は悪徳を重ね続けながらも人生の一部分を謳歌していった。湿った前髪で額を不快に沈める少女は忍耐によって人生の一部分を削がれていった。
深緑の色調が弱まり紅葉に変わっていく、そんな普遍の流れを見上げながら、私は少女を哀れんだ。
授業時間で人気のない廊下を私は歩く。体育の授業で男子が行っていたサッカーの試合中、膝を激しく擦り剥き、保健室へと向かっていた。
保健室には、金田だけがいた。右目を覆う大きな痣を一つ作り、右の鼻の穴にティッシュを詰めて、椅子に座っていた。
目が合って、私はすぐに目を逸らした。医療品の入った棚を探る。消毒液を見つけ、膝の擦り傷にぶっかけた。ひどく染みて、涙腺が歪んだ。大判の絆創膏が見つからなかったので、小判の絆創膏を五枚、擦り傷へ乱雑に張り付けた。それから、廊下に出た。
「図書館、もう誰も来てないから、来なよ」
口走って、驚いた。私はすぐに周囲を見回し、後ろ手で保健室のドアを閉めて、逃げ出した。
「金田の顔面レシーブ、やばかった。血、吹き出して、マジで笑った」
「相沢、やりすぎ。あんな至近距離で全力スパイクはないって」
「金田に同情の余地はないけどね」
体育の授業中に体育館でバレーボールを行った女子たちが次の授業を待ちながら教室で話していた。金田は知らぬ間に早退していた。怠惰な授業が続く金曜日だった。
日曜日、図書館の薄暗い場所に金田は座っていた。金田は、川端康成の雪国を読んでいた。顔にはまだ痣が残っていた。
私が会釈をすると、金田はそれに気付き、会釈を返した。椅子一つを隔てて座り、図書館に来ない間はどうしていたのかと、私は尋ねた。
「ずっと、散歩してました。隣町のデパートまで歩いて行ったり。家にずっと居ると、お母さん、心配するから。友達がいないんじゃないかって」
「暑くて、大変だったろうね」馬鹿なことを言って、私は後悔した。
金田は本を閉じて、小さく笑った。
「罪と罰、読破したかな、金田さんは」慌てた声が出る。
「読破しました」
「おお、すごい」
少しの間、沈黙。
「罪と罰を読んだ感想とか、聞かせてくれるとありがたいな。俺、読み直したけど、まだ理解できてなくて。金田さんが読み取ったことを教えてくれれば、考察になるかなって」
「私も、理解できてないよ」金田は雪国の表紙を撫でた。「鈴木君の感想も聞かせてくれるなら、対等にお互いの理解の助けになるなら、私の感想を聞いてほしい」
私はそれを承知した。
一生懸命な声で、金田は感想を聞かせてくれた。金田は、貧乏な人を哀れみ、裕福な人を哀れみ、司法を哀れみ、罪人を哀れみ、人の死を哀れんだ。同意できない点がいくつかあっても、私は金田の純粋を認めた。相沢の下劣を浮き彫りにする純粋だった。それでも、私は相沢を好いたままだった。性欲と肉欲のみの感情すら浮き彫りになって、目眩がした。
用を思い出したと断って、私は立ち上がり、図書館を出た。
雲が見当たらない空の下を一人で歩く。一人に耐えられなくなって、友人の家を訪ねた。実のない会話とつまらないゲームで時間を潰し、友人と二人、三百円きっかりで食べられる不味いラーメンを食べに出かけ、食した。他の友人数人と合流し、金持ちの友人宅にある防音が施された一室へ移動し、バンド活動の真似事に興じ、借り物の高価なエレキギターを弾いて、絃が切れて、うんざりした。夜になって、友人たちと別れ、一人で公園に行き、一日ずっとリュックに入れっぱなしだったおにぎりを食べ、名前も知らない星を眺め、帰宅した。そうして、布団に入り、相沢の容姿を思い浮かべながら自慰を済ませ、眠った。
「鈴木君って、山本君の家で楽器を弾いてるんだよね」
二学期の終業式の日、相沢が声を掛けてきた。
私はうなずいた。
「友達が演奏を見に行きたいって言うんだけど、鈴木君から山本君に聞いてくれないかな。家に行ってもいいかな、って」
私は相沢の求めに応じた。女子が訪ねてくると聞いて、山本は迷わず承諾した。
冬休み初日、相沢を含む三人の女子が山本の家を訪ねてきた。ボーカルの山本、ベース、ドラム、私の四人は、初めて人前で演奏する高揚に調子を乱し、元々の下手も相まって、救いようのない音を奏でた。
相沢たちはくすくすと笑い、小声で話し続け、素人の音楽など初めから興味なかったことを物語った。
相沢は山本ばかりを見ていた。
「映画でも見に行こう。映画が終わったら昼飯を食ってさ、ボーリングでもして、一日、遊ぼうよ」
山本の声に相沢たちは困惑した振りを返し、時間をたっぷり使ってから、行くと言った。
過剰にはしゃいだ七人の集団は電車に乗って隣町のデパートへ行った。山本が提案したとおりの一日を過ごし、酷い散財になった。幼稚で露骨な相沢の求愛が山本を犯し続けるだけの一日だった。ある女子に中学一年生のころから片思いをしていた山本だったが、その女子のことはすんなりと忘れられたように見えた。
疲れて帰宅すると、電話が鳴った。受話器を取る。相沢の声が聞こえた。早口で挨拶を済まされ、すぐに本題を突き付けられた。
「明日クリスマスデートなんてどうかな、鈴木君。私と山本君と、鈴木君と前田のダブルデートで。前田、今日、鈴木君のこといいなってずっと言ってたんだよ。鈴木君から山本君に行けるかどうか聞いてくれないかな」
「いいよ」
「ありがとう」
電話が切れた。
電車で片道一時間の繁華街は人が人を圧迫する密度で、曇り空よりも重たい衣服が何度も擦れ合い、擦れ違う人々は全て不快だった。
山本は飲食物や安価な小物を相沢に買い与えることで優越を強めていった。相沢は遠慮を言葉にしながらも、当然の顔をして全てを受け取っていた。
私は前田に何の感情も抱いていない。前田も私に何の感情も抱いていない。私たちは、相沢と山本の稚拙な恋愛を見せつけられるだけの存在だった。
正午の少し前に、相沢が言った。
「ここからは別行動にしようよ。私と山本君と、鈴木君と前田の二つのグループで。四時になったら駅に集合、いいよね」
「全然いいよ、楽しんできて」前田が笑いながら言った。
いつも相沢に付いて回り相沢の全ての言動に共感を示す前田が、私と二人きりになると、相沢の悪口しか言わなかった。それは愚痴ではなく、呪詛だった。それを聞かされながら昼食を済ませた。前田の昼食の支払いを私が拒否すると大きな舌打ちを返された。
繁華街を無言で歩いて、気が付くと、前田の姿が見えなくなっていた。時計を見て、四時までの果てしない時間に気が滅入る。人の流れに急かされ、望まない歩を踏み出す。
お金がなければ何も出来ない場所で、貧しい財布をポケットの中で握りしめた。奇麗に整えられた街の所々に路地裏の不潔な入り口が覗いていて、そこに横たわる小動物の亡骸を気に留める人はいなかった。幸福な振りをした人たちが、前を歩く人の後頭部に唾を飛ばし、自身の後頭部に唾を飛ばされながら、笑っていた。
遠くに見つけた相沢と山本は、手を握り合っていた。人込みの僅かな隙間から、そこだけがくっきりと見えた。
三時半、駅に行くと前田がいた。
「あんたとずっと一緒に行動してたってことにしといてよ」
私を見つけてすぐ、前田が言った。私は、なんで、と言った。
「相沢が私とあんたをグループって言ったから」
私は前田の望む答えを返した。
帰りの電車の中、今日は楽しかったね、と言い合う相沢と前田がいた。気色の悪い笑みを浮かべながら相沢を凝視する山本がいた。
正月。親戚一同が集い、私の住まいは昼間から酒と下品の臭いに満ちていた。飲めもしない食べれもしない父に次々と飲食を進める親戚たちは、遠慮なく、母を扱き使った。母は憎しみを完璧に隠しきって、笑顔のまま働き続けた。
「爽太はもうやったんか」同い年の従兄弟が聞いてきた。
「やったって、なにを」
「セックス。田舎の人って、初体験が早いって聞くから」
私は、便所だと断って席を立ち、そのまま外へ出ていった。
図書館は休館日で、友人宅も正月は私の住まいと似た状態だから、何もない田舎道を歩くほかなかった。
冷えた日で、横目に見える田んぼが霜で光っていた。薄着を自覚したが、そのままで歩き続けた。
前方から金田が歩いてきた。私と同じ、さまよう人に見えた。
擦れ違いざま、「あけましておめでとう」と、金田が囁いた。私も、「あけましておめでとう」と囁いた。
惨めな者の美しさを知るものは真実のみであるという、残酷。
私は振り返り、金田はもういなかった。
歩く、歩く、歩く。
「よう、鈴木」
自転車に乗った山本に声を掛けられた。
「よう」私は答えた。
「何してんの、お前」
「散歩」
「爺臭いな。俺はこれから、デート」
「相沢とか」
山本はにやにやと笑った。「俺、もうオナニーできないわ」
「なんだ、それ」
「セックスを知ってしまったら、もうオナニーじゃ満足できないわ」
「童貞だろ、お前」
「捨てた、昨日」
「誰で」
「相沢」
私は閉口した。山本は去っていった。
歩く、歩く、歩く。
夜、脚が棒になって立ち止まり、汗が冷水に変わって、芯から冷やされて、震えが止まらなくなった。満月が大きくて恐ろしかった。乾いた風に耳の中を小さく切られて、出血した。大きな野良犬が大根畑に突っ立っていた。帰宅の路、それ以外の道がないことが苦痛だった。
冬休み最終日。積もった雪が一歩を踏み出すたびにくるぶしまで飲み込んだ。空を見上げて、目に雪が入って、偽物の涙が流れた。
来館者が極端に少なくて、図書館を広く感じた。ロシア文学の棚に向けた指先を無意味に動かしながら、私は金田を見下ろしていた。
暖房が弱くて、息の白がうっすらと浮かび上がった。
罪と罰を指差して、私は言った。
「罪と罰、俺の感想を言ってなかった。俺は、こう思う。罪人に必要なのは、唯一、罰だけだ。愛も神も、罪人には必要ない。罪人が人に付けた傷は、消えない。傷付けられた人の慰めになる更生などありえないのだから、懺悔も許しも、無意味だ。罪人を哀れむ人は、罪人を許す人は、傷付けられた人に寄り添えない、冷血な人間だ。司法でもなく、正義でもなく、傷付けられた人の感情によって、罪人は罰せられるべきだ。罰は等しく、罪ではなく人を滅するものでなくてはならない」
うつむく金田の細い髪が表情を隠す健気で、垂れた。哀れな様だった。その哀れには、私の興奮を咎める力があった。しかし、興奮を静める力はなかった。
「相沢たちを罰することができるのは、金田さん、君だけだよ。君には権利がある。どれだけのことをされてきたのか思い出せば、はっきりと分かるはずだ、君の権利が。相沢たちは自分が罪人であることすら自覚せず、嬉々として生きている。報いがなければ、これからも、嬉々として生きていく。金田さんを忘れることなんて、あいつらには容易だ。許されない未来だ。あってはならない。もしも俺が金田さんと同じ立場だったら、鞄に包丁でも隠し持って登校して、明日、相沢たちを刺すよ。それは罪ではなく、罰だ」
金田のつむじが青白く、目立った。金田が私に見せようとした顔を、私は見ないようにして、逃げ出した。
傘を持たずに飛び出して、雪で濡れながら、重たい体を走らせる。口に入った鼻水と雪を唾と一緒に吐き出す。
叫び声を出そうとして、ひ弱な悲鳴を一つ上げた。駄菓子屋の老婆が軒下から私を見詰めていた。
雪が降り続けた。
一睡もできずに迎えた気だるい朝、膝まで雪に沈む通学路から外れて、小さな公園に行きついた。塗装が剥げた象のオブジェの背中に積もった雪を払い、座る。傘の骨が被った雪の重さで軋んだ。傘を持つ手が痛んだ。恐ろしいほど真っ白な世界が寒気を強めた。
通学時間をとうに過ぎてから、学校に向かった。
雪が赤く染まった。校門から出てきた救急車の回転灯が放つ色だった。去っていく救急車を私は目で追い続け、赤色が白色に隠れるのを見届けた。サイレンの音が膿んだ耳にこびりついて、残った。
校内はざわついていた。下駄箱で上履きに履き替えていたら、廊下を小走りしていた教師が、「二年の金田」と言ったのが聞こえた。
教室に入る。教師は居なくて生徒たちだけが居た。
相沢が居た。醜い顔で、青ざめていた。クラスの全員、同じ顔をしていた。
「始業式、始まってる時間じゃないか」私はクラスメイトに尋ねた。
「それどころじゃない」クラスメイトが言った。「屋上から誰かが飛び下りた。たぶん、金田」
教室に、金田は居なかった。
人は罪を犯すときよりも罪を隠すときのほうが、醜い。
警察や地方のマスメディアなどが学校に掛けた嫌疑を、学校は全て否定した。教師も生徒も、学校の発表を肯定した。いじめはなかった、学校側に落ち度はない、と。屋上からの転落は金田の不注意だったと、学校は言った。
いつの間にか、彫られた汚い言葉だらけの金田の机が、傷一つない机に取り換えられていた。
金田は大けがを負ったものの一命は取り留めたと、学校の朝礼で語られた。
金田が証言すれば、学校のついた嘘を暴ける状況だった。多くの人間を罰せられる状況だった。私を、罰せられる状況だった。
罪人たちが懐くのは、保身だけだった。教師も生徒も相沢も、私も。何食わぬ顔を装い、日常を続け、自分可愛さで震える、罪。罰がない限り罪は永遠に続く。
金田も金田の保護者も、誰を訴えることもなく、唯、沈黙した。金田たちが闘うことを、罰することを放棄したように思えて、私は安堵し、同時に、失望も覚え、途方に暮れた。
冬が終わり、春が終わり、雨粒がアジサイから滴るころ、多くの人間にとって、金田は過去になった。教師も生徒も相沢も、同時期に、自分は自由だと言わんばかりに生き始めた。罪は忘れられた。
私は進学先を早々に決めた。入試さえ受ければ誰でも入学できるような高校だった。私の学力であればもっとちゃんとした高校へ入れる、教師はそう言い切った。私はその声を無視した。
山本たちとのバンドが自然消滅し、私が楽器を手に取る機会は永久になくなった。
相沢と山本が別れたと人づてに聞いて、私は何も感じなかった。
卒業を待つだけの時間が、続いた。気が狂うほど長い時間だった。
最後に見た金田を思い出す。青白いつむじを思い出す。その下にあった顔がどんなものだったのかを想像する。私の罪悪を思い知る。
金田がどうなったのか、私は何も知らない。今もこの町に住んでいるのか、それともどこかへ引っ越したのか。進学はしたのか、就職はしたのか。今はどんな本を読んでいるのか、あるいは、もう本を読んでいないのか。何も、知らない。